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合成生物学、進化生物学、発生生物学に興味があります。(プロフィール写真は架空の人物です。)

2021年の総括:Bの選んだ論文

2021年中旬から行ってきた輪読会の総括を兼ね、各人が2021年の面白かった論文を紹介しました。今回はBの選んだ論文を紹介します。

 

Robust direct digital-to-biological data storage in living cells (Yim et al., Nat. Chem. Biol., 2021)

まずBが選んだ論文はTRACEのグループによるイベントレコーディングの論文でした。

https://www.nature.com/articles/s41589-020-00711-4

要約

  • 電気信号を細胞に記録するシステムとしてDRIVESを開発した。
  • ここでは電流のない状態を0、ある状態を1と定め、電流が流れるとコピー数が増加するプラスミドを設計した。
  • さらにCRISPR Cas1-Cas2システムを用いることで、電流が流れている状態では高コピー数のトリガープラスミドの配列が、そして流れていない状態ではそれ以外の配列が取り込まれる。
  • さらに高効率に書き込みを行うため、RasPIを利用した電気回路を構築し実際に書き込んだ情報がNGSによって読み出せることを示した。

Cas1-Cas2を用いた情報書き込みのメソッドはいくつか報告がありますが、この研究はさらに一歩踏み込んで実用的な書き込み手法に対応した点、そしてハンドメイドの書き込み装置を作成した点などが読みごたえのある論文でした。余談ですが、Record-seq(Cas1-Cas2により遺伝子の発現情報を記録する手法)の論文が自分の初めて読んだ合成生物学っぽい論文で、いたく感動したのを覚えています。

 

Enhanced prime editing systems by manipulating cellular determinants of editing outcomes (Chen et al, Cell, 2021)

続いてはDavid LiuらのグループによるPrime Editor(PE)の論文。Cas9とRTaseを組み合わせたPE酵素に目的の配列を組み込んだgRNA(pegRNA)を与えることで、自在に狙ったゲノム上の領域に配列を組み込めるPEですが、Jonathan S Weissmanらのお家芸であるCRISPRi screeningを適用してさらに効率の良いPEを開発した、という話です。

https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(21)01065-5?_returnURL=https%3A%2F%2Flinkinghub.elsevier.com%2Fretrieve%2Fpii%2FS0092867421010655%3Fshowall%3Dtrue

要約

  • 約500個のDNA修復関連遺伝子を狙う計1500個のgRNAを設計し、CRISPRiを用いて編集効率に関与する遺伝子群をスクリーニングした。
  • 結果、DNA Mismatch Repair(MMR)に関連する遺伝子群がPEによる配列導入を阻害することが示唆された。
  • そこでMMR関連遺伝子であるMLH1のDominant negativeを細胞で発現させたところ、導入効率が最大で7倍以上向上することがわかった。

CRISPRiからターゲット遺伝子の同定、Dominant negativeによる機能阻害、編集効率向上の検証、と流れるように話が展開していき、PE2, PE3を用いたdominant negativeの検証、酵素の配列最適化、epegRNAの検証と、最適化のためのとてつもない実験量に圧倒されました。

 

A temporally resolved, multiplex molecular recorder based on sequential genome editing (Choi et al., bioRxiv, 2021)

PEの面白い応用法ということで、Jay Shendureのグループによるイベントレコーディングの論文も選ばれました。

https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2021.11.05.467388v1.full

要約

  • DNA ticker tapeというPEにターゲットされるアレイを細胞に組み込み、与えられたシグナルに対応するpegRNAが発現するシステムを構築した。
  • このアレイには複数のターゲットが並べられているが、5'末端以外のターゲットは20bpのpegRNA spacer配列にミスマッチが入っており、未編集の状態では5'末端の完全なターゲットのみが狙われる。
  • 編集の際、3'側の隣り合ったターゲットのミスマッチを補修するような配列を挿入することで、続いて隣のターゲットを編集することができるようになる。すなわち、イベントが起きた順番までDNA ticker tapeを使うと記録することができる。
  • このシステムを用いて薬剤刺激の情報と順番や培養細胞の細胞系譜が再構築できることを示した。

PEの用途としては医療関係への応用が期待されているところですが、任意の配列を狙ったところに入れられるという特性を利用した情報記録への応用の発想が素晴らしい論文でした。

 

Mouse totipotent stem cells captured and maintained through spliceosomal repression (Shen et al., Cell, 2021)

分子生物学分野ではスプライソソームの働きを阻害するとPluripotent Stem Cell (PSC)がTotipotentになるという驚きの論文が選ばれました。

www.sciencedirect.com

要約

  • 既報のマウス初期発生における遺伝子発現解析のデータをつぶさに見ていくと、Spliceosomeが超初期で抑制されているらしいことがわかった。
  • SpliceosomeをPSCで阻害してみると細胞の状態が変化し、Totipotencyを獲得した。
  • 仕組みはあまりわかってない。

山中4因子のように遺伝子の発現調節によってStemnessを変化させるという方向性ではなく、遺伝子のスプライシングを阻害するという斜め上の方向からTotipotencyを誘導できた衝撃は大きく、一体細胞の中で何が起きているのかと議論が盛り上がりました。

 

m6A RNA methylation regulates the fate of endogenous retroviruses (Chelmicki et al., Nature, 2021)

RNAメチル化がEndogenous Retrovirus (ERV)の発現を抑制するという論文も選ばれました。

www.nature.com

要約

  • ERVの一種であるIAPEzの下流にGFPとBlastをつなげたレポーター細胞にCas9を発現させ、sgRNAライブラリーを用いてノックアウトスクリーニングを実施した。
  • 結果、RNAメチル化複合体であるMETTL3–METTL14の抑制によりERVの発現が上昇することが明らかになった。
  • 実際に細胞で実験してみると、メチル化によってERVが素早く分解されるようになることがわかった。

個人的にERVやトランスポゾンについて興味を持った年でもあったのですが、細胞がこれらのMobile elementに対して複数のレイヤーの防御機構を持っているというのはとても面白かったです。

 

Modelling human blastocysts by reprogramming fibroblasts into iBlastoids (Liu et al., Nature, 2021)

発生生物学の分野からiBlastoidが選ばれました。今年だけで2, 3本似た内容が報告されていたと思うのですが、ヒトの発生を学ぶ上で倫理的なバリアが低くなることが期待されるブレークスルー論文でした(発生生物学に詳しいB, Dによると2021年は発生生物学ブレークスルーの年だったそうです)。

www.nature.com

要約

  • 培養手法を工夫し、「blastoid」と呼ばれる胚盤胞(blastocyst)様構造をhuman iPSCを使って作製することに成功した。

  • ヒトの初期発生のモデルとして研究に生かされることが期待できる。

  • 2018年にマウスの胚盤胞様構造は報告されていたが、今年になってヒト細胞から作製された。

こうした技術がより発展すると、実際のヒト胚を使った研究はより規制が厳しくなるんじゃないか、などといった議論にもなりました。マウス胚を使った発生の研究ではヒトの発生が説明できないこともしばしばあり、こうした技術も発生という現象の理解を促進させるピースになりそうです。

 

Generation of ovarian follicles from mouse pluripotent stem cells (Yoshino et al., Science, 2021)

最後は九州大より細胞リプログラミングの論文。

https://www.science.org/doi/10.1126/science.abe0237

要約

  • これまでに(マウス)ES細胞から卵母細胞への試験管内分化が報告されてきたが、機能的な細胞の作成には生体から取ってきたembryonic ovarian somatic cellとの共培養が必要だった。
  • そこで、ES細胞をこの細胞にIn vitroで分化させる手法を開発し、In vitro作出細胞をFOSLC(fetal ovarian somatic cell-like cells)と名付けた。
  • ES細胞から分化させprimordial germ cell-like cells とFOSLCを共培養することで、初めて完全In vitroで受精可能な卵母細胞を作出することができた。
  • この受精した細胞が実際にマウス生体まで発生することを確認した。

細胞リプログラミングの分野の発展は凄まじく、先日精子のIn vitroリプログラミングに関しても報告されていました(こちらはまだ完全in vitroではないようですが)。Ex-uteroでの胚発生の手法も今年報告されており、完全なin vitroで個体が作出される日も遠くないのかもしれない、と夢が膨らむ論文でした。

 

おまけ:2021 ISSCR Guidelines for Stem Cell Research and Clinical Translation

5年ぶり?に更新されたStem Cell Researchガイドラインも熱かったらしいです。オルガノイドなど加速する発生生物学分野の新技術を取り上げ、その生命倫理的側面について議論しており必読とのことです。