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合成生物学、進化生物学、発生生物学に興味があります。(プロフィール写真は架空の人物です。)

2021年の総括:Cの選んだ論文

2021年中旬から行ってきた輪読会の総括を兼ね、各人が2021年の面白かった論文を紹介しました。今回はCの選んだ論文を紹介します。

 

Genome surveillance by HUSH-mediated silencing of intronless mobile elements (Seczynska et al., Nature, 2021)

まずは先日Natureに出たMobile elementの抑制機構に関する論文。最近の研究でHush Complexというタンパク質複合体がL1 Transposonをサイレンシングすることがわかっていましたが、その作用機序を明らかにした、という話です。

www.nature.com

要約

  • レンチなどで長い遺伝子をゲノムに組み込むとサイレンシングが発生する(ことは知られている)
  • そのメカニズムを探るためL1のORFにRFPを組み合わせたレポーターアッセイを行うと、内在性のHush Complexの働きを抑制することでL1レポーターのサイレンシングが起きなくなることがわかった。
  • そこでレポーターのコンストラクトを複数通り試してサイレンシングの影響を受けないような構造を探索したところ、イントロンをレポーターに組み込むことでHushによるサイレンシングが起きなくなった。
  • いろいろな視点から実験することで、Hushはイントロンを持っていないRNAを認識してそのゲノム領域にH3K9me3を導入するらしいことがわかった。
  • ただしどうやってHushがイントロン付きのRNAを見つけているのはわかっていない。イントロンからSpliceosomeの結合部位や認識部位を切り落としてもHushによるサイレンシング回避は継続して起こるようで不思議。
  • このようなシステムにより哺乳類細胞は細胞内のMobile elementを不活化し、ゲノムがめちゃくちゃになるのを防いでいるらしい。

イントロンの有無でRNAが有害かどうか見分け、選択的にサイレンシングしているという衝撃的な論文でした。先のCellのスプライシングを抑制することでTotipotentを誘導できる、という論文とどこかでリンクしないかなと夢想する日々です。

 

Lineage Recording Reveals the Phylodynamics, Plasticity and Paths of Tumor Evolution (Yang et al., bioRxiv, 2021)

続いてJonathan S Weissmanらによる細胞系譜追跡の論文。近年SpCas9を用いたMutagenesisによる細胞系譜追跡のテクノロジーで面白い論文を出し続けているこのグループですが、今回の論文ではがんの発達と転移の推移をシングルセルRNA解析と組み合わせて議論しています。

https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2021.10.12.464111v1

要約

  • gRNAとそのターゲットアレイがが3つ並んだライブラリーを作成し、ES細胞のゲノムに導入。アレイがたくさん組み込まれたES細胞のクローンを単離し、マウス胚にインジェクションすることでLineage tracing mouseを作出。
  • このマウスではCreによりがんが誘導できるカセットも組み込まれており、生体になってからLenti-Creでがんを誘導(同時にCas9も上流のLox-Stop-Loxが抜けて発現するようになる)。
  • 後日がん組織から細胞を単離し、シングルセルRNA-seqによりトランスクリプトームと細胞系譜情報を再構築した。
  • 得られた細胞系譜樹と細胞タイプを細かく解析することで、小さな細胞集団が組織内で拡大していく様子、細胞タイプ間の遷移のしやすさなどの知見が得られた。

Fig.2以降の解析はかなり進化生物学のメソッドを駆使したものになっており、合成生物学と組み合わさった新しい生物学の方向性を感じさせるものでした。また、Lineage tracingの論文はテクノロジーの提唱に寄ったものがこれまで多かった印象がありますが、ここでは生物学的な議論も深く、読んでいて勉強になるものでした。

 

The widespread IS200/IS605 transposon family encodes diverse programmable RNA-guided endonucleases (Altae-Tran et al., Science, 2021)

CRISPRの大御所、Feng ZhangらによるCasタンパク質の起源を追った論文も選ばれました。

https://www.science.org/doi/10.1126/science.abj6856

要約

  • Cas9とドメイン構造が似ている遺伝子をバクテリアゲノムからスクリーニングし、IscBを候補として得た。
  • 実際にIscBとそのゲノム内での周辺配列をスクリーニングしてみると、CRISPRらしきリピート配列を持っているIscBが複数見つかった。
  • 面白いことにそこからncRNAの発現も起こっているようなので、gRNAの働きがあるんじゃないかと仮定してIn vitro cleveage assayを行ってみると、実際に二本鎖切断が確認できた。また、PAMらしき配列モチーフも見つかった。
  • IscBファミリーの分子系統樹により、機能的なCas9に至るまでの配列進化の経緯が推定された。

Casの進化の軌跡をたどるという壮大な論文でしたが、仕事のスタートは地道なホモロジー検索とシンテニー解析の積み重ねであり、簡単な解析を丁寧に行うことの重要性を改めて認識させてくれる論文でした。加えて実際にゲノム編集活性を確かめる実験が随所にあり、説得力のある展開で最後まで面白かったです。

 

Evolutionary assembly of cooperating cell types in an animal chemical defense system (Brückner et al., Cell, 2021)

Cが選んだ最後の論文はハネカクシという昆虫の毒液器官の進化に関する論文でした。

www.sciencedirect.com

  • ハネカクシは天敵のアリ等に対抗するため、毒液の生成と噴射を行う臓器を進化的に獲得した。
  • この臓器に蓄積した毒液は、固体の毒(ベンゾキノン)が有機溶媒に溶け込んだものであり、これらのベンゾキノンと溶媒はそれぞれ別々の細胞タイプ(毒産生細胞、リザーバー細胞群)から産生される。
  • リザーバー細胞群のMASS Spec解析、シングルセルRNA-seqおよび候補遺伝子のノックダウン実験により、溶媒産生に関わる遺伝子パスウェイとそれ発現する溶媒細胞が推定された。
  • シングルセルで同定された他の細胞タイプにおいてもこのパスウェイに関連する遺伝子の発現を調べると、類似のパスウェイを持った脂質産生細胞が見つかった。この細胞タイプでは、溶媒細胞で活性化しているパスウェイ遺伝子のパラログが機能しているようであり、何らかの形で2つの細胞タイプ間でパスウェイが引き継がれた(ただし発現するパラログ遺伝子のセットは切り替わった)ことが示唆された。
  • また、リザーバー細胞群のシングルセルRNA-seqの結果から活性化している遺伝子モジュールを推定した結果、溶媒細胞では脂質産生細胞と表皮細胞の遺伝子モジュールを両方発現していることがわかり、2つの細胞タイプのパスウェイを何らかの形で獲得して新たに細胞タイプが出現する新しい細胞進化の仮説が示唆された。
  • 最後に毒産生細胞についても毒産生に関わるパスウェイを推定し、毒産生細胞と溶媒細胞が協調して環境適応を達成したことが示唆された。

消化しきれていない部分もあり再読するつもりですが、シングルセルを使って細胞タイプの進化、そして臓器というさらに上のレベルの器官の進化を議論した面白い論文でした。シングルセルのようなある程度使い方が定式化した手法であっても、「何を見ているのか」という計測対象の本質を見極めることで斬新かつ説得力のある議論が展開できるんだなあと、思考停止で解析しがちな自分を戒める意味でも良い論文でした。