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合成生物学、進化生物学、発生生物学に興味があります。(プロフィール写真は架空の人物です。)

2021年の総括:Dの選んだ論文

2021年中旬から行ってきた輪読会の総括を兼ね、各人が2021年の面白かった論文を紹介しました。今回はDの選んだ論文を紹介します。

 

Lineage tracing of human development through somatic mutations (Chapman et al., Nature, 2021)

体細胞変異から細胞系譜を追うNatureの論文がまず選ばれました。高解像度な細胞系譜追跡にはDNAバーコードとゲノム編集を組み合わせた系譜追跡技術が必要になってきますが、体細胞変異を用いた系譜追跡はヒトにおいても適用できるのが強みです。

www.nature.com

要約

  • ヒト胎児の検体から培養可能な細胞に関しては単離し単細胞由来のコロニーを取得。それ以外の組織はレーザーマイクロダイセクションを用いて極力小さなピースを取得。それぞれ全ゲノムシーケンシングで体細胞変異をコールした。
  • 構築された系譜樹はトポロジーの偏りが見られ、発生初期の段階で拡大しやすいクローンとそうでないクローンが分かれることが示唆された。
  • マウスではExtra-embryonic mesodermはPrimitive streak由来であることが示唆されているが、今回の解析よりヒトにおいてはこれがHypoblastから発生することが示唆された。

大量のサンプル処理や全ゲノムシーケンシング解析等、大仕事であったことが伺えます。やっている事自体はシンプルなのですが、得られた知見は非常に面白いものでした。Lineage tracingの魅力を再確認しました。

 

A single-embryo, single-cell time-resolved model for mouse gastrulation (Mittnenzweig et al., Cell, 2021)

続いてイスラエルのワイツマン研究所からマウスの胚発生における細胞タイプの分化過程を大量のシングルセルデータから推定しました、という論文。

www.sciencedirect.com

要約

  • これまで使われていたマウス胚のステージングは解像度が荒く、同じステージの胚でも同腹の兄弟間で発生段階の異なりが見られる。そこで156個のマウス胚を画像解析を組み合わせてマニュアルで発生段階順にソートし、細胞を単離後シングルセルRNA-seqを行った。
  • Time courseのシングルセルデータをつなぎ合わせて分化系譜を描く最適輸送モデルを用い、原腸陥入期までの細胞タイプの分化の変遷を推定した。
  • これにより、幹細胞のプールが徐々に特定の細胞タイプへと多様化していく様子が明らかになった。

超高密度なサンプリングにより明らかになった細胞タイプの変遷の図(Figure 7)は圧巻でした。細胞タイプごとに運命決定のタイミングが異なる点や途中で一時的な幹細胞のプールが出現する点など、これがCell lineage tracingと組み合わさったら面白いだろうなあと思わせる論文でした。

 

DMRT1-mediated reprogramming drives development of cancer resembling human germ cell tumors with features of totipotency (Taguchi et al., Nat. Commun., 2021)

東大よりIn vivoで山中四因子を誘導したらがん化した後Totipotent細胞になった、そしてその調節因子も明らかにした、という研究です。

www.nature.com

要約

  • マウスの生体内で山中四因子を大量に発現させたところ、胚細胞性腫瘍に似た組織が形成された。
  • この腫瘍から細胞を単離して培養し表現形を調べると、Totipotent的な特性を持っていることがわかった。
  • この細胞のATAC-seqを行いエピジェネティックな発現調節の状態を調べたところ、DMRT1の結合モチーフが多く検出された。DMRT1はゲノムの脱メチル化酵素であり、実際にゲノムのメチル化が解除されていることが実験によりわかった。
  • すなわち、山中因子の誘導により発現したDMRT1がエピゲノム状態を変化させ、胚細胞性腫瘍が誘導されている可能性が示唆された。

胚細胞性腫瘍というものを知らなかったのですが、もともとTotipotent的な性質を持っていることが知られているそうです。幹細胞とがん細胞の類似性を改めて考えるきっかけになる面白い論文でした。

 

A mouse-specific retrotransposon drives a conserved Cdk2ap1 isoform essential for development (Modzelewski et al., Cell, 2021)

最後は今年最も盛り上がったかもしれない論文で締めくくります。マウスにのみ存在するMT2B2トランスポゾンの発生過程における役割と、その進化生物学的な解釈について議論した研究でした。

www.sciencedirect.com

要約

  • MT2B2はマウスに特異的なトランスポゾンであるが、Cdk2ap1の上流に挿入されたこの配列がマウス特異的なアイソフォームを形成することがわかった。
  • このアイソフォームを特異的にノックアウトするとマウスの発生異常が確認された。
  • BrdUを使って詳細に見てみると、このトランスポゾン由来のアイソフォームは細胞分裂を促進させているらしいことがわかった。
  • 一方、トランスポゾンに由来しないもう片方のアイソフォームは細胞分裂を遅らせることも示唆された。
  • 続いてヒトゲノムの同じ領域を見てみると、MT2B2は存在しないもののCharlie 4zという別のトランスポゾンが近傍に挿入されており、同様のアイソフォームを形成していることがわかった。機能解析を行うとやはり細胞分裂の促進効果が認められた。
  • 最後に他の生物種に目を向けると、このトランスポゾン由来のCdk2ap1アイソフォームと通常アイソフォームの発現比率は発生の進行スピードと相関することがわかった。

特定のトランスポゾンを掘り下げてその生物学的な意味を問う地道な実験、仮説と検証の繰り返し、そして最後の種間比較で伏線が回収される凄まじい論文でした。