syn-evo(-devo)

合成生物学、進化生物学、発生生物学に興味があります。(プロフィール写真は架空の人物です。)

定例会 2022/1/15

時を遡ります。新年2回目の輪読会はB, Dが担当しました。

Bが選んだ論文はThe American Journal of Human Geneticsより、"Mosaic human preimplantation embryos and their developmental potential in a prospective, non-selection clinical trial"で、染色体異常の細胞がどの位置にどれくらいいると発生異常が起きるのか?という研究でした。

www.sciencedirect.com

 

要約

  • 体外受精を行う際、着床前診断として外側(Trophectoderm; TE)の細胞を数個採取し全ゲノム解析から染色体異常を調べる診療が行われている。
  • この時、染色体異常を起こしている細胞はかなりの割合で見つかってくる。実際モザイク率が20%以上の細胞は全体の8割近くを占めていた。
  • そこで、バイオプシーで検出されたモザイク率と全体の染色体異常率を検証するため、TEを四分割したサンプルと内側のICMをそれぞれ全ゲノム解析した。すると、モザイク率が50%未満のTEが検出された場合は他3つのTEとICMは正常であるケースが95%以上を占めていた。逆に、モザイク率が50%以上のTEがあった場合は他3つのTEとICMが全て異常なケースが65-98%と極めて高い割合で認められた。
  • 実際の体外受精で生まれた子供の発達を調査すると、モザイク率が50%として判定された子供も問題なく生まれ、染色体異常もないことが分かった。
  • TEの細胞は個体の体細胞には寄与しないため、異常細胞が外側に押し出されていることが示唆される。

普段触れることのない臨床系の論文でしたが、発生学的にも面白い研究で盛り上がりました。特にモザイク率が一定を超えるとほとんどの細胞が異常になってしまうという急激な変化が一同の興味を引いたようです。染色体異常により分裂速度等に異常が出てくる場合、そうした細胞が自動的に外側に出ていくようなメカニズムを物理的にシミュレーションして発生ロバストネスが議論できるのではという案も以下の論文を引き合いに提唱されました。

www.nature.com

 

Dは2013年のCellから"Stalled Spliceosomes Are a Signal for RNAi-Mediated Genome Defense"を紹介しました。Yeastの一種Cryptococcus neoformansにおいてスプライソソームがタンパク質複合体SCANRを誘導し、siRNAを産生しているという研究です。

www.ncbi.nlm.nih.gov

 

要約

  • sRNAをシーケンシングするとトランスポゾンにマップされるRNAがたくさん見つかる(エキソン、イントロンを両方含む)。
  • sRNA産生に関わるRNAポリメラーゼやAgoで免疫沈降を行い複合タンパク質を探索すると、いくつかのタンパク質が高い再現性で検出され、これをSCANRと名付けた。
  • SCANRをノックアウトするとsRNAが産生されなくなる。
  • 続いてSCANRとスプライソソーム構成タンパク質であるSrr1が結合することが分かった。
  • 以上の結果から、イントロンを含む新生RNAがスプライシングされて翻訳されるカスケードとそのまま断片化されてsiRNAを生成するカスケードが共存するという仮説を立てた。
  • 配列スクリーニングの結果、siRNAのターゲットとなる遺伝子はサイズが大きく、スプライソソームの認識配列が壊れてる傾向が認められた。
  • さらにイントロンの3'splice siteに変異を導入するとsiRNAの発現上昇が認められた。以上からスプライソソームの活性が低下し、RNAに結合している時間が長いとSCANRが結合しsiRNAを生成し始めるという仮説が考えられた。

およそ10年前の論文ですが、最近我々の興味の一つであるノンコーディング領域の進化とトランスポゾンからのゲノム防御という観点で非常に面白い論文でした。残念ながら哺乳類ではまだ検証されていない(もしくは検証したけど存在しなかった)ようです。今後の展開に期待です。

定例会 2022/1/22(ITAI YANAI FANCLUB)

新年3回目の輪読会はAとCが紹介を担当しました。

今回Aが紹介した論文は、最近A~Dが揃って注目しているNew York UniversityのYanaiラボによる精子形成過程での遺伝子発現の役割に関する研究で、タイトルは"

Widespread Transcriptional Scanning in the Testis Modulates Gene Evolution Rates

"です。

www.sciencedirect.com

精巣は他の臓器に比べて非常に多くの遺伝子が転写されていることが知られており、例えばヒトの精巣では全タンパク質コード遺伝子の80%以上が転写されていると報告されています。しかし、多くの精巣特異的に発現する遺伝子をノックアウトしても生殖能に影響がないことや、そもそも転写量と翻訳量が必ずしも相関しないことなどから、なぜこのような発現が起きるのかは謎のままでした。この研究では、この精巣での転写の進化的意義を解析するため、精子形成過程で転写されている遺伝子とそうでない遺伝子の変異速度の網羅比較しました。これにより、転写によってDNA修復が誘導されて変異速度が減少する現象、"transcriptional scanning"を発見しました。興味深いことに、精子形成過程での転写が起きない遺伝子には高速に進化することが知られる環境応答や生体防御のための遺伝子が多く、transcriptional scanningが遺伝子ごとの進化速度の調節に寄与する可能性が見出されました。

 

主な結果の要約

  • Fig. 1 ヒト精巣のシングルセルトランスクリプトーム解析により、精子形成過程の各ステージで発現する遺伝子を網羅的に同定した
  • Fig. 2 1000 genome projectのデータを用いてヒト集団内でのSNV (single nucleotide variants)を解析することにより、精子形成過程で発現する遺伝子は発現ステージや遺伝子機能に依らず、発現しない遺伝子よりもSNVの数が少ないことを発見した。これはDNA修復メカニズムの一つであるTCR (Transcription-coupled repair)が誘導されるためだと考えられた。
  • Fig. 3 もしTCRが関与しているならば、変異速度はDNAのストランドごとに異なるはずである(TCRはtemplate strandにおいて高頻度で起きるため)。そこで遺伝子ごとにtemplate strandとcoding strandに分けてSNV頻度を解析したところ、予想通りにSNV頻度がストランド間で偏っていることが示された。この結果からTCRが関与しているという仮説が強く支持された。
  • Fig. 5 精子形成過程で発現する遺伝子の発現量は遺伝子ごとに異なる。そこで遺伝子の発現量とSNV頻度の関係を調べたところ、興味深いことに発現量が上位1%程度の遺伝子ではSNV頻度が発現しない遺伝子と同程度であることがわかった。これはTCD (transcription-coupled damage)によると考えられた。Coding strandとtemplate strandに分けて解析すると、確かにTCRが働きにくいcoding strandでは発現量が高いほどSNV頻度が高い傾向が見出された。
  • Fig. 7 精子形成の過程で発現しない遺伝子がどのような機能の遺伝子に多いのか調べるためGene Ontology解析を行ったところ、detection of stimulus, defence response, immune responce, response to bioticstimulusなどにエンリッチしていることがわかった。これらの遺伝子は環境変動や軍拡競争の過程で高速に進化すると考えられる遺伝子であり、transcriptional scanningが起こらないことが高速な進化を助けていると考えられた。

遺伝子発現が進化に影響を与えるという大胆なアイデアと、それを裏付ける緻密な実験データで一同面白い!となりました。上述しませんでしたが、自然選択が今回の結果に影響する可能性を排除するためにde novo mutationの解析を行ったり、他の生物でも共通であることをマウスで検証したりなど、丁寧な研究で唸らされました。ヒトとマウスだけでなく脊椎動物全体などで比較した時にどうなるのか気になります(現状SNVデータが限られますが。。)。

 

CもYanaiラボからAlternative polyA siteをスクリーニングした研究"Gene expression dynamics are a proxy for selective pressures on alternatively polyadenylated isoforms"を紹介しました。

academic.oup.com

シングルセルRNA-seqに代表されるポリAキャプチャ型のRNA-seqではRNAの本当の3'末端が捕捉できる一方、そこをシーケンシングで読み取る際ポリA(T)領域を通過しなければならないため、シーケンシングクオリティが担保できない問題がありました。今回彼らが提唱したAPA-seq法ではそこを解決し、Poly Aサイトの使い分けと発生との関係性を議論しました。

 

要約

  • 今回開発したAPA-seq法(正確にはシーケンシング手法ではなく解析アルゴリズム)では、リードごとに5'末端から読まれたcDNAリードの下流配列を抽出し、その配列をリファレンスとして逆側から読まれた同じリードのバーコード+polyT下流配列をマッピングした。本来PolyT以降の配列はクオリティが低く使い物にならないが、カスタムリファレンス配列を設定することでマッピングが可能になった。
  • この解析パイプラインを用いて既存の発生段階別のC. elegans RNA-seqデータのポリAサイトを遺伝子ごとに予測した。この結果、発生の進行とともに短い3'UTRアイソフォームが長いアイソフォームに比べ多く使われるようになる傾向が認められた。
  • 更に詳細に発現プロファイルを見ると、アイソフォーム間の発現量の時間変動が相関し、それが全体の発現量の変動とも相関するタイプの遺伝子highly correlated isoforms (HCI)と、アイソフォーム感で発現パターンが相関せず、全体の発現量は時間とともに変動しないように見えるタイプの遺伝子lowly correlated isoforms (LCI)が検出された。
  • LCIでは時間とともにアイソフォームが使い分けられていることが示唆されるため、その意義を検討した。3'UTRはmiRNAのターゲットを多く含み調節を受けることが知られており、LCIはmiRNAによる調節を受けている可能性がある。そこで配列解析を行ったところ、LCIはHCIやAlternative polyA siteを持たない遺伝子よりもUTR長が長く、その分miRNAのターゲットを多く含むことが分かった。
  • さらに時系列のmiRNA発現データを参照すると、miRNAの発現と連動してそのターゲットである遺伝子の長い方の3'UTRアイソフォームが抑制され、短いアイソフォームの発現が活発になる傾向が観察された。

先のCellの論文と比較するとインパクトには劣るかもしれませんが、一工夫すると3’末端が読めそうだという発想から時系列でのアイソフォームの使い分けの検討、配列解析に基づくmiRNA調節仮説の提唱と、力強い話の展開で非常に楽しめました。Itai Yanai氏は自身のポッドキャストで大胆な仮説の提唱と多角的な検討の意義ついて様々な研究者と議論しており、論文からも研究者としてのカラーが垣間見えます。

open.spotify.com

ちなみに自分が最も衝撃を受けたItai Yanaiの論文はこれです。普通の時系列RNA-seqの論文だと思って読んでいたら超絶展開に腰を抜かしました。

www.nature.com

研究者の中にはこういったスタイルを好まない人もいそうですが、読んでいて刺激的なので我々は大ファンです。

定例会 2022/1/8

新年初回の輪読会はCが紹介を担当しました。

選ばれた論文はスタンフォードのBrunetのラボによるアフリカンターコイズキリフィッシュの休眠に関する研究で、タイトルは"Evolution of diapause in the African turquoise killifish by remodeling ancient gene regulatory landscape"です。

www.biorxiv.org

アフリカンターコイズキリフィッシュというのはアフリカ原産の小型魚類で、雨季と乾季が交互にやってくる地域で季節的に現れる池に生息するというユニークな生態を持っています。当然池が干上がる乾季には成体で生き残ることはできないので、それに対応すべく雨季の間に発生・性成熟・産卵を終え、乾季の間は卵の状態で土の中で休眠してやり過ごす、という特殊な生活環を獲得しました。

また休眠だけでなく、雨季が数ヶ月で終わってしまうためなのか実験室で飼育した場合も系統によっては寿命が数ヶ月しか持たないことが知られており、長命研究においても近年注目されています。Brunetのラボはキリフィッシュのゲノムを解読してその進化を議論した研究で知られています。

今回の論文は休眠行動を進化的に獲得した経緯をパラログ遺伝子の発現プロファイルから議論しています。

 

要約

  • 遺伝子重複が生じると、そのうち一つが負の選択から逃れられるため、配列が進化可能性を獲得すると考えられている。
  • この研究では、発生段階と休眠段階のキリフィッシュのRNA-seqデータからパラログ遺伝子ペアの発現プロファイルに着目した。すると、面白いことにペアの片方が発生段階で高く発現し、もう片方は休眠段階で多く発現する、といった現象が多数のペア(およそ6000ペア)で確認された。
  • こうしたパラログが進化のどの段階で獲得されたのか確かめるため、系統樹上にその遺伝子の共有度をマッピングしてみると、驚いたことに多くが脊椎動物で共有された古い遺伝子であることがわかった。すなわち、新たにパラログを獲得して休眠と発生で機能の分担をするようになったというわけではなく、進化の過程で休眠行動に適応するために発現調節機構が変化したと推察される。
  • 近縁種で収斂的に休眠を獲得したキリフィッシュでも上と同じ現象が観察された。
  • そこで遺伝子発現機構が進化したという仮説を検証するため、発生段階、休眠段階のキリフィッシュに加え休眠を行わないキリフィッシュ、メダカとゼブラフィッシュの発生段階のATAC-seqを行い、調節領域の差異を観察した。
  • この結果、アフリカンターコイズキリフィッシュの休眠時に特異的なアクセスピークについて、ゲノムの塩基配列自体は他の種とおおむね共有されているもののオープンクロマチンピーク自体は最近獲得された、というデータが得られた。これは遺伝子の配列進化や新規獲得ではなくエピゲノムの変化が環境適応をもたらした、という仮説をサポートする。
  • 新たに獲得したピークは実際に転写因子の結合モチーフを多く含んでおり、こうしたモチーフは多くが点変異によって獲得されたことが分かったが、一方で一定数はトランスポゾンによって挿入され急速に進化したことが示唆された。
  • RNA-seqとATAC-seqの結果を統合したところ、エンリッチメント解析により脂肪代謝パスウェイに関連した遺伝子群が検出された。そこで休眠適応の結果として脂肪代謝経路が変化した仮説を検証するため、休眠状態と発生状態の比較リピドーム解析を行い、休眠状態では長鎖脂肪酸が多く見られるという結果を得た。
  • 休眠という特殊な生態を獲得するため、エネルギー産生機構としての脂肪酸経路が進化した可能性が示唆される。

遺伝子の配列進化だけでなく、エピゲノムの進化を議論したという点が新鮮で非常に面白かったです。議論もそこそこ盛り上がりました。

 

2021年の総括:Dの選んだ論文

2021年中旬から行ってきた輪読会の総括を兼ね、各人が2021年の面白かった論文を紹介しました。今回はDの選んだ論文を紹介します。

 

Lineage tracing of human development through somatic mutations (Chapman et al., Nature, 2021)

体細胞変異から細胞系譜を追うNatureの論文がまず選ばれました。高解像度な細胞系譜追跡にはDNAバーコードとゲノム編集を組み合わせた系譜追跡技術が必要になってきますが、体細胞変異を用いた系譜追跡はヒトにおいても適用できるのが強みです。

www.nature.com

要約

  • ヒト胎児の検体から培養可能な細胞に関しては単離し単細胞由来のコロニーを取得。それ以外の組織はレーザーマイクロダイセクションを用いて極力小さなピースを取得。それぞれ全ゲノムシーケンシングで体細胞変異をコールした。
  • 構築された系譜樹はトポロジーの偏りが見られ、発生初期の段階で拡大しやすいクローンとそうでないクローンが分かれることが示唆された。
  • マウスではExtra-embryonic mesodermはPrimitive streak由来であることが示唆されているが、今回の解析よりヒトにおいてはこれがHypoblastから発生することが示唆された。

大量のサンプル処理や全ゲノムシーケンシング解析等、大仕事であったことが伺えます。やっている事自体はシンプルなのですが、得られた知見は非常に面白いものでした。Lineage tracingの魅力を再確認しました。

 

A single-embryo, single-cell time-resolved model for mouse gastrulation (Mittnenzweig et al., Cell, 2021)

続いてイスラエルのワイツマン研究所からマウスの胚発生における細胞タイプの分化過程を大量のシングルセルデータから推定しました、という論文。

www.sciencedirect.com

要約

  • これまで使われていたマウス胚のステージングは解像度が荒く、同じステージの胚でも同腹の兄弟間で発生段階の異なりが見られる。そこで156個のマウス胚を画像解析を組み合わせてマニュアルで発生段階順にソートし、細胞を単離後シングルセルRNA-seqを行った。
  • Time courseのシングルセルデータをつなぎ合わせて分化系譜を描く最適輸送モデルを用い、原腸陥入期までの細胞タイプの分化の変遷を推定した。
  • これにより、幹細胞のプールが徐々に特定の細胞タイプへと多様化していく様子が明らかになった。

超高密度なサンプリングにより明らかになった細胞タイプの変遷の図(Figure 7)は圧巻でした。細胞タイプごとに運命決定のタイミングが異なる点や途中で一時的な幹細胞のプールが出現する点など、これがCell lineage tracingと組み合わさったら面白いだろうなあと思わせる論文でした。

 

DMRT1-mediated reprogramming drives development of cancer resembling human germ cell tumors with features of totipotency (Taguchi et al., Nat. Commun., 2021)

東大よりIn vivoで山中四因子を誘導したらがん化した後Totipotent細胞になった、そしてその調節因子も明らかにした、という研究です。

www.nature.com

要約

  • マウスの生体内で山中四因子を大量に発現させたところ、胚細胞性腫瘍に似た組織が形成された。
  • この腫瘍から細胞を単離して培養し表現形を調べると、Totipotent的な特性を持っていることがわかった。
  • この細胞のATAC-seqを行いエピジェネティックな発現調節の状態を調べたところ、DMRT1の結合モチーフが多く検出された。DMRT1はゲノムの脱メチル化酵素であり、実際にゲノムのメチル化が解除されていることが実験によりわかった。
  • すなわち、山中因子の誘導により発現したDMRT1がエピゲノム状態を変化させ、胚細胞性腫瘍が誘導されている可能性が示唆された。

胚細胞性腫瘍というものを知らなかったのですが、もともとTotipotent的な性質を持っていることが知られているそうです。幹細胞とがん細胞の類似性を改めて考えるきっかけになる面白い論文でした。

 

A mouse-specific retrotransposon drives a conserved Cdk2ap1 isoform essential for development (Modzelewski et al., Cell, 2021)

最後は今年最も盛り上がったかもしれない論文で締めくくります。マウスにのみ存在するMT2B2トランスポゾンの発生過程における役割と、その進化生物学的な解釈について議論した研究でした。

www.sciencedirect.com

要約

  • MT2B2はマウスに特異的なトランスポゾンであるが、Cdk2ap1の上流に挿入されたこの配列がマウス特異的なアイソフォームを形成することがわかった。
  • このアイソフォームを特異的にノックアウトするとマウスの発生異常が確認された。
  • BrdUを使って詳細に見てみると、このトランスポゾン由来のアイソフォームは細胞分裂を促進させているらしいことがわかった。
  • 一方、トランスポゾンに由来しないもう片方のアイソフォームは細胞分裂を遅らせることも示唆された。
  • 続いてヒトゲノムの同じ領域を見てみると、MT2B2は存在しないもののCharlie 4zという別のトランスポゾンが近傍に挿入されており、同様のアイソフォームを形成していることがわかった。機能解析を行うとやはり細胞分裂の促進効果が認められた。
  • 最後に他の生物種に目を向けると、このトランスポゾン由来のCdk2ap1アイソフォームと通常アイソフォームの発現比率は発生の進行スピードと相関することがわかった。

特定のトランスポゾンを掘り下げてその生物学的な意味を問う地道な実験、仮説と検証の繰り返し、そして最後の種間比較で伏線が回収される凄まじい論文でした。

2021年の総括:Cの選んだ論文

2021年中旬から行ってきた輪読会の総括を兼ね、各人が2021年の面白かった論文を紹介しました。今回はCの選んだ論文を紹介します。

 

Genome surveillance by HUSH-mediated silencing of intronless mobile elements (Seczynska et al., Nature, 2021)

まずは先日Natureに出たMobile elementの抑制機構に関する論文。最近の研究でHush Complexというタンパク質複合体がL1 Transposonをサイレンシングすることがわかっていましたが、その作用機序を明らかにした、という話です。

www.nature.com

要約

  • レンチなどで長い遺伝子をゲノムに組み込むとサイレンシングが発生する(ことは知られている)
  • そのメカニズムを探るためL1のORFにRFPを組み合わせたレポーターアッセイを行うと、内在性のHush Complexの働きを抑制することでL1レポーターのサイレンシングが起きなくなることがわかった。
  • そこでレポーターのコンストラクトを複数通り試してサイレンシングの影響を受けないような構造を探索したところ、イントロンをレポーターに組み込むことでHushによるサイレンシングが起きなくなった。
  • いろいろな視点から実験することで、Hushはイントロンを持っていないRNAを認識してそのゲノム領域にH3K9me3を導入するらしいことがわかった。
  • ただしどうやってHushがイントロン付きのRNAを見つけているのはわかっていない。イントロンからSpliceosomeの結合部位や認識部位を切り落としてもHushによるサイレンシング回避は継続して起こるようで不思議。
  • このようなシステムにより哺乳類細胞は細胞内のMobile elementを不活化し、ゲノムがめちゃくちゃになるのを防いでいるらしい。

イントロンの有無でRNAが有害かどうか見分け、選択的にサイレンシングしているという衝撃的な論文でした。先のCellのスプライシングを抑制することでTotipotentを誘導できる、という論文とどこかでリンクしないかなと夢想する日々です。

 

Lineage Recording Reveals the Phylodynamics, Plasticity and Paths of Tumor Evolution (Yang et al., bioRxiv, 2021)

続いてJonathan S Weissmanらによる細胞系譜追跡の論文。近年SpCas9を用いたMutagenesisによる細胞系譜追跡のテクノロジーで面白い論文を出し続けているこのグループですが、今回の論文ではがんの発達と転移の推移をシングルセルRNA解析と組み合わせて議論しています。

https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2021.10.12.464111v1

要約

  • gRNAとそのターゲットアレイがが3つ並んだライブラリーを作成し、ES細胞のゲノムに導入。アレイがたくさん組み込まれたES細胞のクローンを単離し、マウス胚にインジェクションすることでLineage tracing mouseを作出。
  • このマウスではCreによりがんが誘導できるカセットも組み込まれており、生体になってからLenti-Creでがんを誘導(同時にCas9も上流のLox-Stop-Loxが抜けて発現するようになる)。
  • 後日がん組織から細胞を単離し、シングルセルRNA-seqによりトランスクリプトームと細胞系譜情報を再構築した。
  • 得られた細胞系譜樹と細胞タイプを細かく解析することで、小さな細胞集団が組織内で拡大していく様子、細胞タイプ間の遷移のしやすさなどの知見が得られた。

Fig.2以降の解析はかなり進化生物学のメソッドを駆使したものになっており、合成生物学と組み合わさった新しい生物学の方向性を感じさせるものでした。また、Lineage tracingの論文はテクノロジーの提唱に寄ったものがこれまで多かった印象がありますが、ここでは生物学的な議論も深く、読んでいて勉強になるものでした。

 

The widespread IS200/IS605 transposon family encodes diverse programmable RNA-guided endonucleases (Altae-Tran et al., Science, 2021)

CRISPRの大御所、Feng ZhangらによるCasタンパク質の起源を追った論文も選ばれました。

https://www.science.org/doi/10.1126/science.abj6856

要約

  • Cas9とドメイン構造が似ている遺伝子をバクテリアゲノムからスクリーニングし、IscBを候補として得た。
  • 実際にIscBとそのゲノム内での周辺配列をスクリーニングしてみると、CRISPRらしきリピート配列を持っているIscBが複数見つかった。
  • 面白いことにそこからncRNAの発現も起こっているようなので、gRNAの働きがあるんじゃないかと仮定してIn vitro cleveage assayを行ってみると、実際に二本鎖切断が確認できた。また、PAMらしき配列モチーフも見つかった。
  • IscBファミリーの分子系統樹により、機能的なCas9に至るまでの配列進化の経緯が推定された。

Casの進化の軌跡をたどるという壮大な論文でしたが、仕事のスタートは地道なホモロジー検索とシンテニー解析の積み重ねであり、簡単な解析を丁寧に行うことの重要性を改めて認識させてくれる論文でした。加えて実際にゲノム編集活性を確かめる実験が随所にあり、説得力のある展開で最後まで面白かったです。

 

Evolutionary assembly of cooperating cell types in an animal chemical defense system (Brückner et al., Cell, 2021)

Cが選んだ最後の論文はハネカクシという昆虫の毒液器官の進化に関する論文でした。

www.sciencedirect.com

  • ハネカクシは天敵のアリ等に対抗するため、毒液の生成と噴射を行う臓器を進化的に獲得した。
  • この臓器に蓄積した毒液は、固体の毒(ベンゾキノン)が有機溶媒に溶け込んだものであり、これらのベンゾキノンと溶媒はそれぞれ別々の細胞タイプ(毒産生細胞、リザーバー細胞群)から産生される。
  • リザーバー細胞群のMASS Spec解析、シングルセルRNA-seqおよび候補遺伝子のノックダウン実験により、溶媒産生に関わる遺伝子パスウェイとそれ発現する溶媒細胞が推定された。
  • シングルセルで同定された他の細胞タイプにおいてもこのパスウェイに関連する遺伝子の発現を調べると、類似のパスウェイを持った脂質産生細胞が見つかった。この細胞タイプでは、溶媒細胞で活性化しているパスウェイ遺伝子のパラログが機能しているようであり、何らかの形で2つの細胞タイプ間でパスウェイが引き継がれた(ただし発現するパラログ遺伝子のセットは切り替わった)ことが示唆された。
  • また、リザーバー細胞群のシングルセルRNA-seqの結果から活性化している遺伝子モジュールを推定した結果、溶媒細胞では脂質産生細胞と表皮細胞の遺伝子モジュールを両方発現していることがわかり、2つの細胞タイプのパスウェイを何らかの形で獲得して新たに細胞タイプが出現する新しい細胞進化の仮説が示唆された。
  • 最後に毒産生細胞についても毒産生に関わるパスウェイを推定し、毒産生細胞と溶媒細胞が協調して環境適応を達成したことが示唆された。

消化しきれていない部分もあり再読するつもりですが、シングルセルを使って細胞タイプの進化、そして臓器というさらに上のレベルの器官の進化を議論した面白い論文でした。シングルセルのようなある程度使い方が定式化した手法であっても、「何を見ているのか」という計測対象の本質を見極めることで斬新かつ説得力のある議論が展開できるんだなあと、思考停止で解析しがちな自分を戒める意味でも良い論文でした。

2021年の総括:Bの選んだ論文

2021年中旬から行ってきた輪読会の総括を兼ね、各人が2021年の面白かった論文を紹介しました。今回はBの選んだ論文を紹介します。

 

Robust direct digital-to-biological data storage in living cells (Yim et al., Nat. Chem. Biol., 2021)

まずBが選んだ論文はTRACEのグループによるイベントレコーディングの論文でした。

https://www.nature.com/articles/s41589-020-00711-4

要約

  • 電気信号を細胞に記録するシステムとしてDRIVESを開発した。
  • ここでは電流のない状態を0、ある状態を1と定め、電流が流れるとコピー数が増加するプラスミドを設計した。
  • さらにCRISPR Cas1-Cas2システムを用いることで、電流が流れている状態では高コピー数のトリガープラスミドの配列が、そして流れていない状態ではそれ以外の配列が取り込まれる。
  • さらに高効率に書き込みを行うため、RasPIを利用した電気回路を構築し実際に書き込んだ情報がNGSによって読み出せることを示した。

Cas1-Cas2を用いた情報書き込みのメソッドはいくつか報告がありますが、この研究はさらに一歩踏み込んで実用的な書き込み手法に対応した点、そしてハンドメイドの書き込み装置を作成した点などが読みごたえのある論文でした。余談ですが、Record-seq(Cas1-Cas2により遺伝子の発現情報を記録する手法)の論文が自分の初めて読んだ合成生物学っぽい論文で、いたく感動したのを覚えています。

 

Enhanced prime editing systems by manipulating cellular determinants of editing outcomes (Chen et al, Cell, 2021)

続いてはDavid LiuらのグループによるPrime Editor(PE)の論文。Cas9とRTaseを組み合わせたPE酵素に目的の配列を組み込んだgRNA(pegRNA)を与えることで、自在に狙ったゲノム上の領域に配列を組み込めるPEですが、Jonathan S Weissmanらのお家芸であるCRISPRi screeningを適用してさらに効率の良いPEを開発した、という話です。

https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(21)01065-5?_returnURL=https%3A%2F%2Flinkinghub.elsevier.com%2Fretrieve%2Fpii%2FS0092867421010655%3Fshowall%3Dtrue

要約

  • 約500個のDNA修復関連遺伝子を狙う計1500個のgRNAを設計し、CRISPRiを用いて編集効率に関与する遺伝子群をスクリーニングした。
  • 結果、DNA Mismatch Repair(MMR)に関連する遺伝子群がPEによる配列導入を阻害することが示唆された。
  • そこでMMR関連遺伝子であるMLH1のDominant negativeを細胞で発現させたところ、導入効率が最大で7倍以上向上することがわかった。

CRISPRiからターゲット遺伝子の同定、Dominant negativeによる機能阻害、編集効率向上の検証、と流れるように話が展開していき、PE2, PE3を用いたdominant negativeの検証、酵素の配列最適化、epegRNAの検証と、最適化のためのとてつもない実験量に圧倒されました。

 

A temporally resolved, multiplex molecular recorder based on sequential genome editing (Choi et al., bioRxiv, 2021)

PEの面白い応用法ということで、Jay Shendureのグループによるイベントレコーディングの論文も選ばれました。

https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2021.11.05.467388v1.full

要約

  • DNA ticker tapeというPEにターゲットされるアレイを細胞に組み込み、与えられたシグナルに対応するpegRNAが発現するシステムを構築した。
  • このアレイには複数のターゲットが並べられているが、5'末端以外のターゲットは20bpのpegRNA spacer配列にミスマッチが入っており、未編集の状態では5'末端の完全なターゲットのみが狙われる。
  • 編集の際、3'側の隣り合ったターゲットのミスマッチを補修するような配列を挿入することで、続いて隣のターゲットを編集することができるようになる。すなわち、イベントが起きた順番までDNA ticker tapeを使うと記録することができる。
  • このシステムを用いて薬剤刺激の情報と順番や培養細胞の細胞系譜が再構築できることを示した。

PEの用途としては医療関係への応用が期待されているところですが、任意の配列を狙ったところに入れられるという特性を利用した情報記録への応用の発想が素晴らしい論文でした。

 

Mouse totipotent stem cells captured and maintained through spliceosomal repression (Shen et al., Cell, 2021)

分子生物学分野ではスプライソソームの働きを阻害するとPluripotent Stem Cell (PSC)がTotipotentになるという驚きの論文が選ばれました。

www.sciencedirect.com

要約

  • 既報のマウス初期発生における遺伝子発現解析のデータをつぶさに見ていくと、Spliceosomeが超初期で抑制されているらしいことがわかった。
  • SpliceosomeをPSCで阻害してみると細胞の状態が変化し、Totipotencyを獲得した。
  • 仕組みはあまりわかってない。

山中4因子のように遺伝子の発現調節によってStemnessを変化させるという方向性ではなく、遺伝子のスプライシングを阻害するという斜め上の方向からTotipotencyを誘導できた衝撃は大きく、一体細胞の中で何が起きているのかと議論が盛り上がりました。

 

m6A RNA methylation regulates the fate of endogenous retroviruses (Chelmicki et al., Nature, 2021)

RNAメチル化がEndogenous Retrovirus (ERV)の発現を抑制するという論文も選ばれました。

www.nature.com

要約

  • ERVの一種であるIAPEzの下流にGFPとBlastをつなげたレポーター細胞にCas9を発現させ、sgRNAライブラリーを用いてノックアウトスクリーニングを実施した。
  • 結果、RNAメチル化複合体であるMETTL3–METTL14の抑制によりERVの発現が上昇することが明らかになった。
  • 実際に細胞で実験してみると、メチル化によってERVが素早く分解されるようになることがわかった。

個人的にERVやトランスポゾンについて興味を持った年でもあったのですが、細胞がこれらのMobile elementに対して複数のレイヤーの防御機構を持っているというのはとても面白かったです。

 

Modelling human blastocysts by reprogramming fibroblasts into iBlastoids (Liu et al., Nature, 2021)

発生生物学の分野からiBlastoidが選ばれました。今年だけで2, 3本似た内容が報告されていたと思うのですが、ヒトの発生を学ぶ上で倫理的なバリアが低くなることが期待されるブレークスルー論文でした(発生生物学に詳しいB, Dによると2021年は発生生物学ブレークスルーの年だったそうです)。

www.nature.com

要約

  • 培養手法を工夫し、「blastoid」と呼ばれる胚盤胞(blastocyst)様構造をhuman iPSCを使って作製することに成功した。

  • ヒトの初期発生のモデルとして研究に生かされることが期待できる。

  • 2018年にマウスの胚盤胞様構造は報告されていたが、今年になってヒト細胞から作製された。

こうした技術がより発展すると、実際のヒト胚を使った研究はより規制が厳しくなるんじゃないか、などといった議論にもなりました。マウス胚を使った発生の研究ではヒトの発生が説明できないこともしばしばあり、こうした技術も発生という現象の理解を促進させるピースになりそうです。

 

Generation of ovarian follicles from mouse pluripotent stem cells (Yoshino et al., Science, 2021)

最後は九州大より細胞リプログラミングの論文。

https://www.science.org/doi/10.1126/science.abe0237

要約

  • これまでに(マウス)ES細胞から卵母細胞への試験管内分化が報告されてきたが、機能的な細胞の作成には生体から取ってきたembryonic ovarian somatic cellとの共培養が必要だった。
  • そこで、ES細胞をこの細胞にIn vitroで分化させる手法を開発し、In vitro作出細胞をFOSLC(fetal ovarian somatic cell-like cells)と名付けた。
  • ES細胞から分化させprimordial germ cell-like cells とFOSLCを共培養することで、初めて完全In vitroで受精可能な卵母細胞を作出することができた。
  • この受精した細胞が実際にマウス生体まで発生することを確認した。

細胞リプログラミングの分野の発展は凄まじく、先日精子のIn vitroリプログラミングに関しても報告されていました(こちらはまだ完全in vitroではないようですが)。Ex-uteroでの胚発生の手法も今年報告されており、完全なin vitroで個体が作出される日も遠くないのかもしれない、と夢が膨らむ論文でした。

 

おまけ:2021 ISSCR Guidelines for Stem Cell Research and Clinical Translation

5年ぶり?に更新されたStem Cell Researchガイドラインも熱かったらしいです。オルガノイドなど加速する発生生物学分野の新技術を取り上げ、その生命倫理的側面について議論しており必読とのことです。

2021年の総括:Aの選んだ論文

2021年中旬から行ってきた輪読会の総括を兼ね、各人が2021年の面白かった論文を紹介しました。今回はAの選んだ論文を紹介します。

Learning the language of viral evolution and escape (Hie et al., Science, 2021)

Aが選んだ1つ目の論文はMITからのウイルスの配列進化予測に関する論文でした。

https://www.science.org/doi/10.1126/science.abd7331

要約

  • ウイルスの適応による抗体からの逃避 (viral escape)をモデル化した。
  • 「生存能を維持しながら、抗原としての構造を変化させる」という現象を、自然言語処理分野のConstrained semantic change search (CSCS)に対応させた。
  • 具体的には、ある特定の1残基に対して周辺配列のパターンを”文法”とみなし、そこにどの残基を入れると文法的な整合性 (grammaticality)を保ったまま”意味” (semantics)(=抗原としての性質)を大きく変えられるか、という問題に落とし込んだ。
  • 結果、過去のパンデミックを引き起こしたウイルス株やそのホストは”意味”の違いで表現できた。
  • このモデルは過去の抗原回避現象を説明するだけでなく、新たな抗原回避を引きおこす変異の予測器としても従来手法より性能が高かった。また、予測された配列は構造的にも妥当そうであった。

自然言語処理の発想をうまく進化生物学的文脈に落とし込んだという点がエキサイティングな論文でした。この1st authorのBrian He氏は最近のプレプリント論文でEvolutionary velocityという概念を提唱しています。周辺配列のパターンから各変異の尤度を推定するという関連したモデルで進化の軌跡を議論しており、こちらもエキサイティングでした。

A comprehensive fitness landscape model reveals the evolutionary history and future evolvability of eukaryotic cis-regulatory DNA sequences (Vaishnav et al., bioRxiv, 2021)

2つ目の論文はAviv Regevのラボ発の配列適応度を実験的に検証した論文でした。

https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2021.02.17.430503v2

要約

  • ランダム配列で作成した大量の人工的なプロモータを用い、MPRA (Massively Parallel Reporter Assay)を行った。
  • 非常に高精度な、プロモータ配列からの発現量の予測器をdeep learning modelで構築した(Pearson R=0.98)。
  • さまざまな選択圧(Directional selection, neutral, changing environments)の下での進化シミュレーションに予測モデルを組み込めることを示した。
  • プロモーター配列の進化における選択圧をdN/dS解析のように解析可能にした。
  • Mutationに対する発現量のロバストネスのプロファイルを2次元に可視化した。

プロモーターの機能予測にランダム配列を用いてスクリーニングするアイデア自体は昔からありましたが、この研究のポイントは深層学習を用いて非常に高精度な予測器が作れた点、そしてその予測器が実際の進化適応の文脈でも用いられそうなことを示した点とのことです。また、アミノ酸をコードしないプロモーターのような配列でも定量的に選択圧を測る理論を構築した点も面白いです。

A plant virus satellite RNA directly accelerates wing formation in its insect vector for spread (Jayasinghe et al., Nat. Commun., 2021)

三本目は北海道大から、ウイルスに組み込まれたサテライトRNAの壮大なライフ(?)サイクルに関する論文でした。

https://www.nature.com/articles/s41467-021-27330-4

要約

  • Cucumber mosaic virus (CMV)はしばしばY-satRNAと呼ばれる特殊な配列を持ち、この配列を持つCMVに感染したタバコの葉っぱは黄色くなる。
  • ところで、このタバコの葉っぱにはアブラムシがつくことが知られているが、これには赤色で羽を持つ個体と緑色で羽のない個体が存在する。
  • このアブラムシたちはCMV with Y-satRNAに感染した黄色いタバコの葉っぱを好む傾向があり、さらに(なんと)黄色いタバコの葉っぱを食べたアブラムシは赤くなって羽が生えた。→Y-satRNAをアブラムシを介して拡散できる
  • 羽の形成に必要なABCGの発現を抑えるmiRNA (miR9b)に対して、Y-sat RNAがABCGと競争的に結合することで、ABCGの発現低下を抑制する。Y-sat RNAはABCGと共通する配列を持ち、その配列を欠失すると羽を誘導できない。

一同、進化ってすげ〜となりました。また、分子機序まで踏み込んで解明してるところも仕事が丁寧ですごいとのことでした。ちなみにAはこの論文をレッドブル論文と読んでるらしいです(羽を授けるから)。なにその進化生物学界隈の内輪ネタ?

Species- and site-specific genome editing in complex bacterial communities (Rubin et al., Nat. Microbiol., 2021)

四本目はDoudnaグループによるHeterogeneousな微生物群集にゲノム編集を適用する論文。

https://www.nature.com/articles/s41564-021-01014-7

要約

  • TransposonとCRISPR-Casを組み合わせてターゲットした領域に遺伝子を挿入する技術DARTの実験系を確立し、さらにそれをシーケンサーで読み出すET-seqを開発。
  • DARTにより集団中の特定の種のゲノム中の特定のポジションに配列を挿入できる。
  • いくつかのHeterogeneousな微生物集団にこれらを適用し、種特異的なゲノム編集ができることを確かめた。また、これにより集団内の希少な種だけを狙って集積できる可能性も示した。

微生物界隈に関してはあまり明るくないのですが、メタゲノムで読むことができてもその種が単離できないのはもどかしいらしく、そういった点でもこの技術はブレークスルーになる可能性があるらしいです。

Reconstitution of Spiroplasma swimming by expressing two bacterial actins in synthetic minimal bacterium (Kiyama et al., bioRxiv, 2021)

最後は大阪市立大学のグループより、運動能に必要な遺伝子群を合成生物学の技術を用いて同定したという話です。

https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2021.11.16.468548v2

要約

  • spiroplasmaの運動能に必要な遺伝子クラスター(mreBファミリーの5遺伝子を含む7遺伝子)をminimal genomeのJCVI-syn3BにCre Lox-Pで導入→形が変化して運動性を獲得した。
  • 1遺伝子ずつ欠失させたコンストラクトを導入しても全て動いた。逆にそれぞれ1遺伝子だけ導入すると形は変わるが動かなかった。
  • 加えていくつかの実験から、運動能獲得進化のメカニズムを推論した。(1) mreBファミリーの遺伝子が重複して分化し、(2)曲率が変化して螺旋になる。(3) 分子レベルでのモーター機能の獲得(回り始める)→(4) 動きが「うまく」噛み合って運動能を獲得。

人工的に作出された動かないバクテリアJCVI-syn3Bを用いることで、実験的に運動機能の獲得機序を示唆できたという論文でした。進化の過程で起きたと思われることを実験的に「作って」検証できるのはやはり面白いですね。

 

A曰く、今年は機械学習と生物学が融合して新たな方向性が示された年だったそうです(上の論文たちに加えAlphaFoldなど)。来年はどんな年になるのでしょうか。