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合成生物学、進化生物学、発生生物学に興味があります。(プロフィール写真は架空の人物です。)

定例会 2022/1/8

新年初回の輪読会はCが紹介を担当しました。

選ばれた論文はスタンフォードのBrunetのラボによるアフリカンターコイズキリフィッシュの休眠に関する研究で、タイトルは"Evolution of diapause in the African turquoise killifish by remodeling ancient gene regulatory landscape"です。

www.biorxiv.org

アフリカンターコイズキリフィッシュというのはアフリカ原産の小型魚類で、雨季と乾季が交互にやってくる地域で季節的に現れる池に生息するというユニークな生態を持っています。当然池が干上がる乾季には成体で生き残ることはできないので、それに対応すべく雨季の間に発生・性成熟・産卵を終え、乾季の間は卵の状態で土の中で休眠してやり過ごす、という特殊な生活環を獲得しました。

また休眠だけでなく、雨季が数ヶ月で終わってしまうためなのか実験室で飼育した場合も系統によっては寿命が数ヶ月しか持たないことが知られており、長命研究においても近年注目されています。Brunetのラボはキリフィッシュのゲノムを解読してその進化を議論した研究で知られています。

今回の論文は休眠行動を進化的に獲得した経緯をパラログ遺伝子の発現プロファイルから議論しています。

 

要約

  • 遺伝子重複が生じると、そのうち一つが負の選択から逃れられるため、配列が進化可能性を獲得すると考えられている。
  • この研究では、発生段階と休眠段階のキリフィッシュのRNA-seqデータからパラログ遺伝子ペアの発現プロファイルに着目した。すると、面白いことにペアの片方が発生段階で高く発現し、もう片方は休眠段階で多く発現する、といった現象が多数のペア(およそ6000ペア)で確認された。
  • こうしたパラログが進化のどの段階で獲得されたのか確かめるため、系統樹上にその遺伝子の共有度をマッピングしてみると、驚いたことに多くが脊椎動物で共有された古い遺伝子であることがわかった。すなわち、新たにパラログを獲得して休眠と発生で機能の分担をするようになったというわけではなく、進化の過程で休眠行動に適応するために発現調節機構が変化したと推察される。
  • 近縁種で収斂的に休眠を獲得したキリフィッシュでも上と同じ現象が観察された。
  • そこで遺伝子発現機構が進化したという仮説を検証するため、発生段階、休眠段階のキリフィッシュに加え休眠を行わないキリフィッシュ、メダカとゼブラフィッシュの発生段階のATAC-seqを行い、調節領域の差異を観察した。
  • この結果、アフリカンターコイズキリフィッシュの休眠時に特異的なアクセスピークについて、ゲノムの塩基配列自体は他の種とおおむね共有されているもののオープンクロマチンピーク自体は最近獲得された、というデータが得られた。これは遺伝子の配列進化や新規獲得ではなくエピゲノムの変化が環境適応をもたらした、という仮説をサポートする。
  • 新たに獲得したピークは実際に転写因子の結合モチーフを多く含んでおり、こうしたモチーフは多くが点変異によって獲得されたことが分かったが、一方で一定数はトランスポゾンによって挿入され急速に進化したことが示唆された。
  • RNA-seqとATAC-seqの結果を統合したところ、エンリッチメント解析により脂肪代謝パスウェイに関連した遺伝子群が検出された。そこで休眠適応の結果として脂肪代謝経路が変化した仮説を検証するため、休眠状態と発生状態の比較リピドーム解析を行い、休眠状態では長鎖脂肪酸が多く見られるという結果を得た。
  • 休眠という特殊な生態を獲得するため、エネルギー産生機構としての脂肪酸経路が進化した可能性が示唆される。

遺伝子の配列進化だけでなく、エピゲノムの進化を議論したという点が新鮮で非常に面白かったです。議論もそこそこ盛り上がりました。