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合成生物学、進化生物学、発生生物学に興味があります。(プロフィール写真は架空の人物です。)

2021年の総括:Aの選んだ論文

2021年中旬から行ってきた輪読会の総括を兼ね、各人が2021年の面白かった論文を紹介しました。今回はAの選んだ論文を紹介します。

Learning the language of viral evolution and escape (Hie et al., Science, 2021)

Aが選んだ1つ目の論文はMITからのウイルスの配列進化予測に関する論文でした。

https://www.science.org/doi/10.1126/science.abd7331

要約

  • ウイルスの適応による抗体からの逃避 (viral escape)をモデル化した。
  • 「生存能を維持しながら、抗原としての構造を変化させる」という現象を、自然言語処理分野のConstrained semantic change search (CSCS)に対応させた。
  • 具体的には、ある特定の1残基に対して周辺配列のパターンを”文法”とみなし、そこにどの残基を入れると文法的な整合性 (grammaticality)を保ったまま”意味” (semantics)(=抗原としての性質)を大きく変えられるか、という問題に落とし込んだ。
  • 結果、過去のパンデミックを引き起こしたウイルス株やそのホストは”意味”の違いで表現できた。
  • このモデルは過去の抗原回避現象を説明するだけでなく、新たな抗原回避を引きおこす変異の予測器としても従来手法より性能が高かった。また、予測された配列は構造的にも妥当そうであった。

自然言語処理の発想をうまく進化生物学的文脈に落とし込んだという点がエキサイティングな論文でした。この1st authorのBrian He氏は最近のプレプリント論文でEvolutionary velocityという概念を提唱しています。周辺配列のパターンから各変異の尤度を推定するという関連したモデルで進化の軌跡を議論しており、こちらもエキサイティングでした。

A comprehensive fitness landscape model reveals the evolutionary history and future evolvability of eukaryotic cis-regulatory DNA sequences (Vaishnav et al., bioRxiv, 2021)

2つ目の論文はAviv Regevのラボ発の配列適応度を実験的に検証した論文でした。

https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2021.02.17.430503v2

要約

  • ランダム配列で作成した大量の人工的なプロモータを用い、MPRA (Massively Parallel Reporter Assay)を行った。
  • 非常に高精度な、プロモータ配列からの発現量の予測器をdeep learning modelで構築した(Pearson R=0.98)。
  • さまざまな選択圧(Directional selection, neutral, changing environments)の下での進化シミュレーションに予測モデルを組み込めることを示した。
  • プロモーター配列の進化における選択圧をdN/dS解析のように解析可能にした。
  • Mutationに対する発現量のロバストネスのプロファイルを2次元に可視化した。

プロモーターの機能予測にランダム配列を用いてスクリーニングするアイデア自体は昔からありましたが、この研究のポイントは深層学習を用いて非常に高精度な予測器が作れた点、そしてその予測器が実際の進化適応の文脈でも用いられそうなことを示した点とのことです。また、アミノ酸をコードしないプロモーターのような配列でも定量的に選択圧を測る理論を構築した点も面白いです。

A plant virus satellite RNA directly accelerates wing formation in its insect vector for spread (Jayasinghe et al., Nat. Commun., 2021)

三本目は北海道大から、ウイルスに組み込まれたサテライトRNAの壮大なライフ(?)サイクルに関する論文でした。

https://www.nature.com/articles/s41467-021-27330-4

要約

  • Cucumber mosaic virus (CMV)はしばしばY-satRNAと呼ばれる特殊な配列を持ち、この配列を持つCMVに感染したタバコの葉っぱは黄色くなる。
  • ところで、このタバコの葉っぱにはアブラムシがつくことが知られているが、これには赤色で羽を持つ個体と緑色で羽のない個体が存在する。
  • このアブラムシたちはCMV with Y-satRNAに感染した黄色いタバコの葉っぱを好む傾向があり、さらに(なんと)黄色いタバコの葉っぱを食べたアブラムシは赤くなって羽が生えた。→Y-satRNAをアブラムシを介して拡散できる
  • 羽の形成に必要なABCGの発現を抑えるmiRNA (miR9b)に対して、Y-sat RNAがABCGと競争的に結合することで、ABCGの発現低下を抑制する。Y-sat RNAはABCGと共通する配列を持ち、その配列を欠失すると羽を誘導できない。

一同、進化ってすげ〜となりました。また、分子機序まで踏み込んで解明してるところも仕事が丁寧ですごいとのことでした。ちなみにAはこの論文をレッドブル論文と読んでるらしいです(羽を授けるから)。なにその進化生物学界隈の内輪ネタ?

Species- and site-specific genome editing in complex bacterial communities (Rubin et al., Nat. Microbiol., 2021)

四本目はDoudnaグループによるHeterogeneousな微生物群集にゲノム編集を適用する論文。

https://www.nature.com/articles/s41564-021-01014-7

要約

  • TransposonとCRISPR-Casを組み合わせてターゲットした領域に遺伝子を挿入する技術DARTの実験系を確立し、さらにそれをシーケンサーで読み出すET-seqを開発。
  • DARTにより集団中の特定の種のゲノム中の特定のポジションに配列を挿入できる。
  • いくつかのHeterogeneousな微生物集団にこれらを適用し、種特異的なゲノム編集ができることを確かめた。また、これにより集団内の希少な種だけを狙って集積できる可能性も示した。

微生物界隈に関してはあまり明るくないのですが、メタゲノムで読むことができてもその種が単離できないのはもどかしいらしく、そういった点でもこの技術はブレークスルーになる可能性があるらしいです。

Reconstitution of Spiroplasma swimming by expressing two bacterial actins in synthetic minimal bacterium (Kiyama et al., bioRxiv, 2021)

最後は大阪市立大学のグループより、運動能に必要な遺伝子群を合成生物学の技術を用いて同定したという話です。

https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2021.11.16.468548v2

要約

  • spiroplasmaの運動能に必要な遺伝子クラスター(mreBファミリーの5遺伝子を含む7遺伝子)をminimal genomeのJCVI-syn3BにCre Lox-Pで導入→形が変化して運動性を獲得した。
  • 1遺伝子ずつ欠失させたコンストラクトを導入しても全て動いた。逆にそれぞれ1遺伝子だけ導入すると形は変わるが動かなかった。
  • 加えていくつかの実験から、運動能獲得進化のメカニズムを推論した。(1) mreBファミリーの遺伝子が重複して分化し、(2)曲率が変化して螺旋になる。(3) 分子レベルでのモーター機能の獲得(回り始める)→(4) 動きが「うまく」噛み合って運動能を獲得。

人工的に作出された動かないバクテリアJCVI-syn3Bを用いることで、実験的に運動機能の獲得機序を示唆できたという論文でした。進化の過程で起きたと思われることを実験的に「作って」検証できるのはやはり面白いですね。

 

A曰く、今年は機械学習と生物学が融合して新たな方向性が示された年だったそうです(上の論文たちに加えAlphaFoldなど)。来年はどんな年になるのでしょうか。